筋トレと免疫力の基本的な関係
筋力トレーニングや運動は、適切に行うことで免疫力を向上させる効果が期待できます。適度な運動を継続することにより、ウイルスや細菌を処理するマクロファージやリンパ球が活性化することが分かっています。特に、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)などの免疫細胞が活性化され、体内の異物に対する防御力が高まります。
また、適度な運動を継続することで、病原体の侵入口である粘膜面のIgA抗体(粘膜免疫の主体となる免疫物質)が増えることも明らかになっています。運動は血行を良くし、全身に酸素や栄養が行き届くようになることや、心身をリラックスさせてストレス解消につながるため、免疫力アップに寄与します。
しかしながら、運動は「適度」であることが極めて重要です。従来のスタジオやジムで行われる高強度のトレーニングや、近年流行しているHIIT(高強度インターバルトレーニング)などは、消費カロリーの大きさを特徴としていますが、過剰な運動は逆に免疫機能を一時的に低下させるリスクがあります。
高強度トレーニングが免疫を低下させるメカニズム
急に高強度のトレーニングを始めたり、十分な休養を取らずに過度なトレーニングを継続したりする「オーバートレーニング」の状態は、身体的・精神的な疲労が蓄積し、免疫機能の抑制状態を引き起こします。
オープンウィンドウ理論とは
高強度の運動を行った後、一時的に(約3時間から72時間)免疫力が低下し、いわゆる風邪などの感染症にかかりやすくなる現象は「Open Widow Theory」(オープンウィンドウ理論)と呼ばれています。この現象は、フルマラソンのような過酷な競技に参加したランナーが、レース後に感染症を多く患うことに着目して研究が開始されました。
高強度の運動後は、数時間から数日間にわたり、リンパ球やNK細胞などの免疫細胞の活性度が低下する状態になります。例えば、マラソンでは競技終了後2週間に50〜70%の選手が風邪の症状を呈し、そのリスクは平常時の2〜6倍に及ぶという研究報告もあります。
ストレスホルモンの影響
激しい運動や休養不足が続くと、体はストレス状態と判断し、抗ストレスホルモンであるコルチゾールやカテコールアミン(アドレナリンやノルアドレナリンなど)が副腎から過剰に分泌されます。これらのホルモンは、免疫に重要な役割を果たすNK細胞(ナチュラルキラー細胞)やリンパ球の働きを抑制させる作用があるため、結果として免疫力が低下すると考えられます。コルチゾールの増加は、リンパ球が細菌の場所へ移動する「リンパ球の再分布」を妨げることが報告されています。
血流の変化とバリア機能の低下
高負荷の筋力トレーニングを行うと、骨格筋への血流は増えますが、その一方で皮膚、粘膜、内臓への血流は抑制されます。血液中の白血球は粘膜において病原菌の体内への侵入を防ぐ重要な役割を担っているため、粘膜の血流が減ることは病原菌の侵入を許しやすくなり、易感染性(病気にかかりやすい状態)を引き起こす原因となります。
免疫力を守るための「適度な運動」の基準
健康的にトレーニングを継続し、免疫力を向上させるためには、いきなり高強度なトレーニングから始めるのではなく、自分の体力レベルに合った強度設定で、段階的に行っていくことが大切です。
適度な運動の目安
激しすぎる運動は、1時間を超える持久性運動や心拍数が150を超える運動が目安とされ、注意が必要です。運動が「やり過ぎ」となるサインは、有酸素運動から無酸素運動に切り替わる転換点、つまり呼吸が急激にゼイハア上がるタイミングだとされています。
適度な運動の目安としては、以下の指標が参考になります。
- ランニングであれば、苦しさを感じないニコニコペース。
- 心拍数で判断する場合、最大心拍数の50〜60%程度。
- 主観的運動強度(ボルグ・スケール)では、13の「ややきつい」を基準に運動するのが良いとされています。この指標は、安静時の楽な状態を7、限界を20とし、運動中の主観的な疲労度を数値化したものです。
初心者向けの推奨エクササイズ
テレワークや運動不足に伴い、自宅でトレーニングを始めようと考える場合、いきなりHIITのような高強度トレーニングからスタートすると免疫力低下のリスクが考えられます。まずは、会話をしながら行える程度の強度が低いエクササイズから始めることが推奨されます。
- ダイナミックストレッチ、ピラティス、ヨガ。
- ウォーキング。
- 自重を使った軽めのエクササイズ。
- 具体的なエクササイズ例として、90-90ヒップリフト、90-90カールアップ、ローオブリークサイドリーチ、きゃっとばっくなど低い強度の運動から始める方法があります。
体力が向上してきたら、少しずつ強度を上げていくのが健康的な進め方です。
免疫低下を防ぐ栄養戦略と休養の重要性
激しいトレーニングを行った場合、リカバリーを忘れずに行い、疲労を蓄積しないことが免疫機能の低下を防ぐ秘訣です。
消費されるグルタミンと補充の必要性
激しい運動やトレーニングをすると筋肉組織が壊され、修復のために体内に蓄積していたグルタミンがエネルギー源として大量に消費されます。グルタミンは体内で合成できる非必須アミノ酸ですが、需要が多いため「準必須アミノ酸」に位置付けられています。グルタミンは免疫細胞や小腸粘膜のエネルギー源としても必要不可欠なアミノ酸であるため、運動やトレーニング後にグルタミンの補充を怠ると、免疫能が低下する要因となります。ハードな運動、筋トレの後には、グルタミンを含むプロテインの摂取をしっかり行う必要があります。
高強度トレーニング後の免疫機能低下の予防には、炭水化物の摂取も有効であると示唆されています。炭水化物の摂取は血液中のグルコース濃度を高め、コルチゾールなどのストレスホルモンの放出を抑える効果があるためです。トレーニング中に30〜50gの炭水化物を摂取することで、トレーニング後のリンパ球の機能低下が抑制されたという報告もあります。
免疫機能の維持に重要な微量栄養素
免疫力を守るためには、栄養面のサポートも欠かせません。
- ビタミンC:抗酸化作用が強く、活性酸素から体を守ります。水溶性ビタミンであり体内に溜め込むことが難しいため、特に運動をしている人はこまめに摂取することが推奨されます。
- ビタミンD:免疫細胞の調整に重要であり、日光の紫外線に当たることで肌で生成されます。在宅時間が増えた人や、ジムでの運動が中心の人は不足が懸念されます。鮭や鯖など脂質の多い魚に多く含まれます。
- 亜鉛:免疫細胞の活性化に重要なミネラルであり、タンパク質やDNAの合成、数百種類の酵素の触媒活性に必要とされています。体内では溜め込むことができないため、日々の摂取が重要です。牡蠣や牛肉、ナッツ類などが食材例として挙げられます。
- ビタミンA:腸のバリア機能や粘膜の免疫機能、皮膚の免疫に重要な働きをします。
- ビタミンE:免疫細胞に豊富に存在し、免疫機能調整に重要な役割を果たします。抗酸化作用や抗炎症作用もあります。
適切なトレーニング頻度と休養
オーバートレーニングを防ぎ、健康的に筋トレを継続するためには、計画的な休息が不可欠です。
- 筋トレの頻度は週3〜4回を目安にする。
- 同じ部位を連日鍛えないよう、48時間の回復期間を確保する。
- 週に1〜2日は完全休養日を設ける。
- 睡眠時間は7〜8時間を意識し、質の高い睡眠を確保する。睡眠不足は免疫力を低下させる原因となります。
体調不良時の対応と予防策
「風邪をひきやすくなったな」と感じたら、それは体が発する大切なサインである可能性があります。オーバートレーニングの兆候には、慢性的な疲労感、睡眠の質の低下、モチベーションの低下、そして風邪や口内炎が繰り返し起こるといった免疫力の低下が含まれます。
風邪をひいているときの対処法
風邪をひいた際は、症状の程度に応じて対応を変えることが重要です。
- 軽症の場合(喉の痛みや鼻水だけ):軽めの運動やストレッチを行うことは可能ですが、普段通りの筋トレを行うと免疫システムに負担をかけ、症状が悪化する可能性があります。ウォーキング、軽いヨガなどが推奨されます。
- 重症の場合(発熱、激しい咳、体のだるさ):完全に休養をとることが最優先です。無理に筋トレを続けると、免疫力がさらに低下し、回復が遅れたり、深刻な症状を引き起こしたりするリスクが高まります。また、ジムを利用する場合は他の会員にウイルスを広げる可能性もあるため控えるべきです。
日常生活での予防の工夫
トレーニングを継続しながら健康を維持するためには、日々の小さな習慣がカギとなります。
- トレーニング後はすぐに汗を拭き、速乾性のウェアに着替えて身体の冷えを防ぐ。
- 水分補給をこまめに行い、脱水を防ぐ。
- 帰宅後は手洗い・うがいを徹底し、ウイルスや細菌の侵入を防ぐ。
無理にハードなトレーニングを続けることよりも、体調に応じて柔軟に休む方が、長期的な健康維持とパフォーマンス向上につながります。筋トレは、体を強くし、免疫力を高める素晴らしい習慣ですが、やりすぎは禁物です。
例えるならば、筋トレと免疫力の関係は、料理の火加減のようなものです。適度な強火(適度な運動)は食材(体)の旨味を引き出し(免疫力向上)、手早く料理を仕上げることができます。しかし、火力を上げすぎたり(高強度トレーニング)、休まずに調理を続けたりすると、鍋底が焦げ付いて(免疫力低下)、せっかくの料理全体(体調)が台無しになってしまうのです。最適な火加減を見極めて、健康という美味しい料理を完成させましょう。


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