多くの虫が街灯や室内灯などの光源に向かって飛んでいく姿は、私たちにとって身近な光景です。なぜ虫は光に集まるのでしょうか。この現象は「正の走光性(ポジティブ・フォトタクシス)」と呼ばれ、古くから多くの仮説が提唱されています。本記事では、虫が光に集まるとされる主な理由や研究を簡単に整理・考察するとともに、関連する文献についてご紹介します。
1. 走光性(フォトタクシス)とは
走光性(phototaxis) とは、生物が光に対して移動や行動を変化させる性質を指します。虫に見られる行動としては、主に光に近づく「正の走光性(positive phototaxis)」と、光を避ける「負の走光性(negative phototaxis)」があります。多くの夜行性昆虫では、光を避けるよりも光源に向かう行動が顕著に見られ、夜間に強い照明などを目指す光景がよく観察されます。
2. 虫が光に集まる主な仮説
(1) 月光や星明かりを利用した移動の混乱説
一説によると、虫たちは移動や方角の調整に月光や星明かりなどの微弱な光を参照していると言われています。月光や星明かりが唯一の光源だった環境では、虫は光を一定角度に保って飛行することで直線的に移動できると考えられています。ところが、人工的に設置された照明の近くでは、光源が比較的近く・強く・複数あるため、虫の方角感覚が混乱を起こしてしまいます。その結果、光源の周りをぐるぐる回ったり、光に向かって突進してしまうと考えられています。
- 参考文献:
- Baker, R.R. (1978). The Evolutionary Ecology of Animal Migration. Hodder & Stoughton.
- Wehner, R. (1984). Astronavigation in insects. Annual Review of Entomology, 29, 277–298.
(2) 安全地帯・隠れ家としての光源説
光源の周辺を「安全地帯」や「隠れ家」と誤認しているという考え方もあります。多くの昆虫は昼間は葉の裏や暗い場所に隠れていて、天敵から逃れたり乾燥を防ぐ生態を持っていますが、夜間に人工光を見た場合に、その明暗のコントラストから「隠れ場所を見つけた」と誤認してしまう可能性があります。実際には、照明近くの反射や影が複雑に入り組むことで、むしろ危険(捕食者や障害物が多い環境)を招く場合もあります。
- 参考文献:
- Frank, K.D. (1988). Impact of outdoor lighting on moths: An assessment. Journal of the Lepidopterists’ Society, 42(2), 63–93.
- Rich, C. & Longcore, T. (Eds.) (2005). Ecological Consequences of Artificial Night Lighting. Island Press.
(3) 種特異的な行動シグナルへの反応説
蛍(ホタル)のように、種内コミュニケーションに発光を利用する昆虫も存在します。そのため、光に対して強い感受性をもつ受容機構が発達している場合があり、外部の光源に誤って反応する可能性があります。もちろん、ホタルが街灯に集まるケースは極端に少ないですが、他の昆虫でも種特異的な光刺激への高感度が、強い人工光への興味や反応につながっている可能性は考えられています。
- 参考文献:
- Lewis, S.M., Cratsley, C.K. & Rooney, J.A. (2004). A novel form of male competition in fireflies (Coleoptera: Lampyridae): Male interactions and fights in Photinus greeni. Ethology, 110(5), 331–339.
(4) 光による生理的・行動的な刺激説
昆虫の多くが光刺激をもとに生体リズムや行動パターンを調整していることはよく知られています(概日リズム、サーカディアンリズムとの関係など)。そのため、強い光を認識すると、サーカディアンリズムを制御している脳の部位が活性化し、行動パターンに影響を与えている可能性があります。
また、昆虫の目(複眼)は人間とは違ったスペクトル感度を持ち、紫外線に敏感です。紫外線ライトなどを使うと虫が集まりやすいのは、この紫外線への高い感受性が要因とされています。
- 参考文献:
- Saunders, D.S. (2002). Insect Clocks. Elsevier.
- Briscoe, A.D. & Chittka, L. (2001). The evolution of color vision in insects. Annual Review of Entomology, 46, 471–510.
3. 人工光の生態系への影響
近年、夜間照明による環境問題が注目されています。人工的な光(ライトポリューション)が増加すると、虫が本来持っていた移動ルートや繁殖行動が大きく変化し、生態系全体に影響を及ぼす可能性があります。例えば、光に集まった虫が捕食者に狙われやすくなることで、虫の減少だけでなく、それを餌とする生物群も影響を受けることがあります。
- 参考文献:
- Rich, C. & Longcore, T. (Eds.) (2005). Ecological Consequences of Artificial Night Lighting. Island Press.
- Hölker, F., Wolter, C., Perkin, E.K. & Tockner, K. (2010). Light pollution as a biodiversity threat. Trends in Ecology & Evolution, 25(12), 681–682.
4. まとめと展望
虫が光に集まる理由には、(1) 月光を目印にした移動の混乱、(2) 光源を安全地帯と誤認する、(3) 光コミュニケーションへの誤反応、(4) 生理的なリズム制御への影響など、複数の要因が考えられています。いずれも進化的背景や生存戦略と関連しており、人間が人工照明を盛んに用いるようになった近代以降、虫の行動に大きな影響が生じている可能性が指摘されています。
今後は、夜間照明の設置方法や光源スペクトルの見直しなどを通じ、生態系に与える影響を最小化する取り組みが求められています。例えば、波長の異なる照明を使うことで特定の虫の誘引を減らす試みや、照明の消灯時間を制限する「ライトダウンキャンペーン」など、人間の活動と自然環境のバランスを考慮した社会的取り組みも進められています。
参考文献一覧
- Baker, R.R. (1978). The Evolutionary Ecology of Animal Migration. Hodder & Stoughton.
- Wehner, R. (1984). Astronavigation in insects. Annual Review of Entomology, 29, 277–298.
- Frank, K.D. (1988). Impact of outdoor lighting on moths: An assessment. Journal of the Lepidopterists’ Society, 42(2), 63–93.
- Rich, C. & Longcore, T. (Eds.) (2005). Ecological Consequences of Artificial Night Lighting. Island Press.
- Lewis, S.M., Cratsley, C.K. & Rooney, J.A. (2004). A novel form of male competition in fireflies (Coleoptera: Lampyridae): Male interactions and fights in Photinus greeni. Ethology, 110(5), 331–339.
- Saunders, D.S. (2002). Insect Clocks. Elsevier.
- Briscoe, A.D. & Chittka, L. (2001). The evolution of color vision in insects. Annual Review of Entomology, 46, 471–510.
- Hölker, F., Wolter, C., Perkin, E.K. & Tockner, K. (2010). Light pollution as a biodiversity threat. Trends in Ecology & Evolution, 25(12), 681–682.
最後に
虫が光に集まる現象は、単に「灯りに寄ってくる」という一面的な理解にとどまらず、生物学・生態学・進化学・行動学など多岐にわたる視点からの総合的な理解が求められています。虫と人間の関係は、農業や環境保全など、私たちの生活とも密接に結びついています。より良い共存のためにも、虫の行動特性や生態系への影響を深く理解し、適切な照明利用や保全活動を考えていくことが重要です。

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